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斎藤知事の経歴、徹底解説!総務省ではどんな仕事をしていたの?

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皆さん、こんにちは!兵庫県でギター女子をやっている、さくらです!

何かと話題の兵庫県・斎藤知事。文書問題で窮地に追い込まれましたが、不信任決議を受けた後の知事選挙で再選し、知事に返り咲いています。

しかし、その選挙においては、公職選挙法違反があったのではないかとの疑いがかけられています。

一方で、斎藤知事を支援する側の立場からは

斎藤派

斎藤知事は、公職選挙法を所管する総務省出身だから、選挙関連の法令は熟知していて、違反などするわけがない!

といった主張もなされているところです。

こういった意見もある中で、本日は、兵庫県在住のギター女子・さくらが、斎藤知事の総務省時代の経歴について、ご紹介しようと思います。

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目次

平成14年、総務省にキャリア官僚として入省

斎藤知事は、昭和52年、神戸市生まれ。

中学生の頃から愛媛県の愛光中学校・愛光高校学校へ進学し、1年間の浪人を経て東京大学へ入学。1年間の留年を経て経済学部を卒業した後、平成14年に総務省に入省します。

総務省のキャリア官僚は、採用後すぐに都道府県に出向させられるのですが、そこで行ったのが三重県でした。

見習い期間を経て佐渡市へ出向

三重県から戻った後、いわゆる「見習い」の期間は大臣官房総務課や公営企業課地域企業経営企画室、内閣官房副長官補付を経験します。この見習い期間は、本当にただの下っ端として、連日長時間労働を強いられるだけの、過酷な日々を過ごすことになります。

総務省のキャリア官僚は、見習い期間を終えて課長補佐になるタイミングで2度目の地方出向を経験するのですが、そこで行ったのが、新潟県佐渡市

総務省キャリア官僚がこういった一般の市に出向する場合、事務方最高役職者になることが多く、斎藤氏はここで企画財政部長となり、後に「総合政策監」という役職になります。ここで「若くして殿様扱いされることを覚えた」という証言があり、Wikipediaにもその旨が記載されていたりします。

総務省復帰後は官房企画課⇒政務官秘書⇒地域自立応援課

その後、平成23年に総務省に復帰し、大臣官房企画課に配属となります。このタイミングで、東日本大震災を被災した飯舘村政府現地対策室へ派遣、全村避難後の防犯体制構築に取り組みます。

その数カ月後、大臣官房秘書課で秘書専門官となり、政務官秘書となります。

その政務官秘書は平成24年12月、民主党政権から自民党政権への政権交代が行われるタイミングで解かれ、ここで斎藤氏は地域自立応援課の課長補佐となります。

さくら

ちなみに、斎藤氏の公式ホームページやWikipediaでは「自治財政局地域自立応援課」とされていますが、正しくは「自治行政局」ですね。

宮城県へ3度目の地方出向、牛タン倶楽部との出会い

ただ、地域自立応援課への在籍期間はわずか3カ月で、平成25年度、斎藤氏は3度目の地方出向となります。

今度の行き先は、宮城県。ここで斎藤氏は市町村課長と財政課長を経験します。

そして、当時の宮城県は東日本大震災からの復旧・復興に向けた取組を進めていたのですが、ここで兵庫県の人事課ラインにいた片山氏、小橋氏、井ノ本氏、原田氏という、後に「牛タン倶楽部」と呼ばれる4名と知り合うのです。

「牛タン倶楽部」の「牛タン」は、宮城県仙台市の名物。宮城県に来る度に、彼らはこれを頬張っていたことから、こう呼ばれるようになったんだとか。

再度の復帰は都道府県税課、初めて腰を据えて職務に

そして平成28年度、斎藤氏は宮城県での出向生活を終え、総務省へ復帰します。

総務省への復帰先は都道府県税課。自動車税や法人事業税をはじめとした都道府県税に関する事務を担当する部署です。

この都道府県税課には2年在籍し、その中で課長補佐から理事官への昇格を果たします。

比較的短期間で異動させられたり出向させられたりする斎藤氏の総務省職員ライフでしたが、この都道府県税課が、事実上初めて腰を据えてじっくりと、地方自治に関する仕事に取り組めた期間であったと言えそうです。

4度目の出向で大阪府財政課長へ

そんな斎藤氏ですが、平成30年度、なんと4度目の出向に出ます。

今度の行き先は、大阪府財政課長。生まれ育った兵庫県の隣、大阪府への出向と言うことで、慣れ親しんだ関西で働くことになりました。

ここで吉村大阪府知事や松井大阪市長に見初められ、令和3年、維新の看板を背負って兵庫県知事選挙に出馬し、当選を果たして以降のことは、皆さんご存じのとおりです。

斎藤氏の経歴を見ると、ほとんどが地方出向…?

さて、今回、改めて斎藤氏の総務省入省後の経歴を見てみましたが、一般にキャリア官僚としての仕事ができる課長補佐となって以降の所属を見てみると、そのほとんどを地方で過ごしています

佐渡市、宮城県、大阪府と、実に3つの自治体へ出向しているわけです。

一方で、総務省の本省にいた期間は長くなく、しかも1つの部署に長くいられたのは、政務官秘書と都道府県税課くらい。

一般に総務省のキャリア官僚は地方出向が多いものですが、それにしても斎藤氏は地方出向の期間が多くて長い上、本省でほとんどキャリアを積めていません

ましてや、

今回の選挙において大きな問題となった、公職選挙法を所管する選挙部には全く所属経験がない

のです。

斎藤氏の経歴が良いとか悪いとかいう話ではありませんが、少なくとも、

支援者

総務省のキャリア官僚だから地方自治制度全般に精通している!

とか

支援者

公選法を所管する総務省出身だから選挙違反なんかするわけがない!

といった評価は、過大評価にならざるを得ないとは言えるでしょう。

まとめ

以上、今回の記事では、斎藤知事の総務省時代の経歴について、まとめさせていただきました。

総務省キャリア官僚から兵庫県知事になった斎藤知事ですが、その選挙プロセスの中で公選法違反の疑いをかけられています。

これに対して、「斎藤氏は公選法を所管する総務省出身だから大丈夫」というような意見も一部に見られましたが、実際の斎藤氏のキャリアを追ってみると、公選法を所管する選挙部への在籍経験もないばかりか、総務省本省での勤務経験も多くないというのが実態です。

このことが斎藤氏の評価を左右するものではないと考えていますが、少なくともこの経歴をもって、「斎藤氏は総務省の地方自治行政に長けている」というのは相当に過大評価だと言わざるを得ないでしょう。

なお、今回の記事は、さいとう元彦公式ウェブサイトに掲載されている情報をベースに、総務省ウェブサイトの情報等を肉付けする形で整理して作成いたしました。

ネット上で飛び交う通説について、事実関係を一次ソースに触れながら検討するプロセス、当サイトでは大事にしていきたいと思います。

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